メル友の由来
現代のメル友の意味として、そのほとんどが「恋人探しのため」のめるともということになる。なぜ、人々は恋人をメールから発展させようとするのか。ケータイ電話がまだ普及していないころ、パソコンだけでのみメル友を探そうという試みがあったのは確かである。
パソコンといえども、今のように起動してすぐに起ちあがるものではなく、電源を入れたからというのも相当な時間が必要とされていた。そこからインターネットに繋ごうとすれば更に時間がかかる。インターネットが見れるようになり、IT革命とまで言われるようになった頃にはどこにいてもインターネットが使えるような環境が整った。
一昔前までは、パソコンと電話回線ケーブルを持ち歩いて自分でインターネットの環境を整えるようにしていたのも今では、町中に無線LANが飛び交っている。考えられないほどの進歩が人と人とをつなげてくれている。
負の底に落とされないように
人は、孤独を実感させられた時が一番心を痛める。孤独にならないように、必死で人とつながろうとする者がいたり、あえて孤独を当たり前の環境として維持し続ける者がいたり、孤独に耐えられなくて自殺したり、かまってほしくて自殺未遂を犯してみたり。すべては孤独から身を守るために始まっているようなもの。
現代の社会に適応した方法として最適と判断されたこと、それが「メル友」なのだ。メル友が恋人探しのためとして認識されているのはここ最近のお話である。何にでもジャンルがあるように。メル友にももちろんジャンルはある。そこにおいて、自分にとっての完全無二の存在を探しだすことで、自分の存在を意識しなければ他のモノは見えなくなってしまう。
どこにいても自分を感じられない人、どこへ行っても他人とかかわることができない人の良いきっかけを作ってくれる。それがインターネットで、そんな人たちにとってはまさに、救世主そのものなのだから、それはそれは家から出られなくなって引きこもりや登校拒否なんかが増えてしまうのも無理はない。
目的をもつことの大切さ
引きこもりがメル友を見つけたところで、目的の路線がずれてしまっている。そもそもメル友を作ろうと決心した時にはきっとまだ、何かしらのサインを他人に出そうという努力はしていたはず。でも掲示板の書き込みなどインターネット上では、いい子にしていれば、サインを無視されることもいじめられることもない世界。次第に現実世界との境目がわからなくなって、ネット上にのめりこむのだ。
「目的」をもって人とのつながりを意識しなければ、結果後戻りできない事態になっている。でなければ、純粋にインターネットを何のために遣っているのかということになる。救世主は、悪魔にもなりえることは聖書の時代から変わらないお話なのだ。では、単純にメル友とはどうやってかかわっていけばいいのかをここで解説していきましょう。
単純な作業に見えて実は奥が深いコト、相手が見えないといえども決して気を抜くことができないというのが「メル友」であるのだ。だって、あなたが送った文章はすべて相手のメモリーにすべて記憶されてしまうのですから・・・。